縄文時代前期のマグロ漁のムラ−波怒棄館遺跡(気仙沼市唐桑町)
2013.08.04 Sunday 00:35

気仙沼市波怒棄館遺跡の発掘調査現地説明会が5月18日に開かれました。

波怒棄館遺跡
現地説明会の様子。「マグロの骨1万個出土!」の報道などを聞いてたくさんの見学者が集まりました。写真奥の丘が遺跡です。東日本大震災の津波は、写真奥に見える丘の中腹の家の手前まで押し寄せたのだそうです。

遺跡名:波怒棄館遺跡(はぬきだていせき)
所在地:気仙沼市唐桑町荒谷前ほか
調査主体:気仙沼市教育委員会
調査原因:防災集団移転促進事業
調査期間:2012年10月22日〜2013年6月末(予定)
調査面積:6,000平方m

波怒棄館遺跡は、岩手県境に近い気仙沼市唐桑町の北部に営まれた縄文時代の集落跡です。広田湾を見下ろす標高24mの小高い丘の上に立地しています。

東日本大震災の津波で被災した集落の高台移転の用地となったことから、気仙沼市教育委員会が宮城県教育委員会の協力を得て発掘調査を進めています。調査員には、気仙沼市や宮城県のほか、県外からの応援職員の方もいらっしゃいます。発掘作業には地元住民の皆さんも多く参加していて、地域の復興に向けて一丸となって取り組んでいる様子が伝わってきます。

発掘調査では、丘の斜面を中心に縄文時代の遺物包含層などが確認されています。

波怒棄館遺跡
遺跡の丘から北東側に広田湾の海が見えました。写真右手の丘の裾には、津波をかぶった杉が茶色く立ち枯れているのが見えます。遺跡のある丘の上は平らですが、住居跡などの遺構は見つからず、後世の削平などによって失われた可能性があるようです。

波怒棄館遺跡
遺物包含層が発見された斜面。かなり傾斜があり、丘の上から下へ向かって土器や石器、魚の骨や貝殻などが捨てられたようです。

波怒棄館遺跡
遺物包含層の断面と、土器などが出土している様子です。縄文土器、石器、骨角器、獣骨、魚骨、貝類などが出土しています。縄文時代前期後葉〜中期初頭頃に形成されたそうです。

波怒棄館遺跡
出土した遺物の数々です。縄文土器や石器(石鏃、石匙、石斧など)、石製品(石棒など)、骨角器(釣針など)、装飾品(櫛、耳飾り)などのほか、獣骨(シカ、イノシシ)、魚骨(マグロなど)、貝類(カキ、イガイなど)などがあります。

波怒棄館遺跡

波怒棄館遺跡
縄文土器。縄文時代前期後葉(約5,500年前)、晩期後葉(約3,300年前)のものがあります。

波怒棄館遺跡

波怒棄館遺跡
石器。石鏃、石槍は狩りの道具、石匙はつまみ付きの万能ナイフとして使われました。石を磨いて作った耳飾りもあります。

波怒棄館遺跡
大量に出土したマグロの骨の中には、縄文人がマグロを解体した時にできた傷の付いたものや、突き刺さって折れた石器の刃が残るものがありました。薄く平らに割る性質を持つ粘板岩を使って、マグロをブツ切りのようにして解体したようです。

波怒棄館遺跡
解体痕(切り傷)のあるマグロの骨。どれも同じ場所に傷がついています。

波怒棄館遺跡
石器の刃が突き刺さったまま残るマグロの骨。粘板岩の石器の刃が刺さっています。

波怒棄館遺跡
骨や角、貝で作られた道具や装飾品。縄文人は優れた加工技術を持っていました。

波怒棄館遺跡
大量に出土したマグロの骨の中には、いくつかの背骨がつながったまま出土したものがあります。ブツ切りに解体されたことを示しています。

波怒棄館遺跡
遺物包含層の土を洗い、微細な遺物を選別する作業が行なわれていました。

波怒棄館遺跡
目の細かいフルイに入れた土を水の中で洗い、残ったものの中から魚の骨や石器片などを見つけ出していきます。

【参考文献・関連資料】
気仙沼市教育委員会2013『気仙沼市波怒棄館遺跡平成25年度発掘調査現地説明会資料(平成25年5月18日)』

<波怒棄館遺跡>

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